漢方薬の適応症は、何を意味しているのか?

はじめに
前回,東洋医学の診断は西洋医学のそれとは全く異なる概念であることを解説いたしました。診断は治療の礎になるものですので,この点は漢方治療を原理から理解するうえで非常に重要です。今回は西洋医学とは異なった診断概念の元に成り立つ漢方薬に与えられている適応症がどのような意味を持つのかについて考えてみます。

適応症に記載されている疾患は何を意味しているのか
例として「葛根湯という処方を挙げてみましょう。「葛根湯には「感冒・鼻かぜ・熱性疾患の初期・炎症性疾患」などなど多くの適応症が記載されています。また,適応症に書かれていない疾患にも有効であることは良く知られたところです。

西洋医学の薬剤においては,適応症とはまさに当該の薬剤が適応となる疾患のことであり,よってそれに従って用いればある程度の効果が約束されているということを意味しています。しかし,漢方薬においてはそうではありません。かぜをひいている人に“いつも” 「葛根湯」が有効かと言えばそうではありません。また,同じ人が服用しても効く時と効かない時があります。これはいったいどういうことなのでしょう。「葛根湯はかぜのひき始めに用いる処方だからひき始めではない場合には無効」がその答えなのだとすると,それでは「ひき始め」とはいつのことをさすのでしょう。

前回,「越婢加朮湯」という処方の適応を理解するために「表裏」「寒熱」という概念をご紹介いたしました。越婢加朮湯はアトピー性皮膚炎や痛風発作に有効である,しかし越婢加朮湯の適応はアトピー性皮膚炎でも痛風でもなく『表熱』であるつまりアトピー性皮膚炎や痛風で表熱という状態が認められれば越婢加朮湯は適応となる,そのように解説いたしました。

それでは「葛根湯は…かぜやインフルエンザの初期に「寒気がして…」というご経験はどなたにもあることと思います。このようなケースを東洋医学はどのように診断するのか。悪寒(東洋医学の診断は「寒」)があり,それを感じているのが体表(東洋医学の診断は「表」),よって診断は『表寒』これが「カゼのひき始め」に対する東洋医学の診断であり,適応となる薬剤を選択する根拠となるものです。

「葛根湯という処方の本来の適応は『表寒』です。『表寒』という状態が認められた場合に適応となる薬剤である,という意味です。つまり,「葛根湯の適応症として記載されている疾患のどれも,「葛根湯の本来の適応を示しているのではなく,“”「使用例」として書かれている“”ということなのです。「そのような疾患では,しばしば表寒という状態になる」ので「そのような状態になっていれば用いよ」ということが書かれているのです。逆に言えば,そこに書いてある疾患だとしても,表寒になっていなければ適応ではないという意味なのです。適応症に書かれている疾患名を覚えるだけの努力に意味のないことがおわかりいただけたかと思います。

( お ま け )
東洋医学は何を診断するのか
「葛根湯の適応は「表寒」であると既述いたしました。かぜをひいてたとえ何時間後だろうが,「表寒という状態」にあれば適応だし,そうでなければ適応ではないということです。つまり,東洋医学は疾患名を診断するのではなく,「状態を診断する」というロジックの上に成り立っているのです。原因疾患が「かぜ」であろうが「インフルエンザ」であろうが,他のどんな疾患であろうが,結果として「表寒」という状態になっているかどうかが重要なのです。

先程の「寒気がして…」というケースについて考えてみます。このような症状はウイルスに感染してからどれくらいの時間が経つと現れるのでしょう。1時間でしょうか,あるいは24時間でしょうか。また,そのような状態はどれくらいの時間継続するのでしょうか。10分でしょうか,あるいは1時間なのでしょうか…。

『傷寒論』という急性熱性疾患の治療を扱った書籍に出てくる数値は「傷寒五六日,…」,つまり熱性疾患に罹患してから5,6日目にはどうこうというような,そのような表現しか出てきません。西洋医学と比較したらはっきりしないとお感じになられる方もいらっしゃるでしょう。西洋医学の薬剤であれば「発症48時間以内に使用」などの表現がなされ,明快に適応が理解できるからです。

しかし,前述のように東洋医学は「その時の状態を診断する」という手法を用いるので,結果的に経過時間自体にはあまり意味がないことになるわけです。「かぜのひきはじめ」とか「傷寒五六日」というあいまいな表現になるわけです。

さて,このような「状態を基に診断し治療を行う」というロジックにはどのようなメリットがあるのでしょうか。「48時間」と規定したほうがわかり易い,はっきりしている,だからそのほうがよいということになりはしないか。実際にかぜやインフルエンザに罹患した人においてその経過は様々です。いわゆる個体差があるわけですので,全ての人が同じ経過で推移するということは考えにくいことです。そこに「48時間以内」という線引きをどのようにしているのかというと,統計操作から明らかになる「平均」を基に行っているわけです。平均を根拠とするということは出来うるだけ効果の得られるような設定にするということであって,これは1つの正しい手法であるといえるでしょう。しかし,「出来うるだけ」ということは必ず「例外」をつくるということにもなります。

この事態を回避するにはどうしたらよいか。その1つの答えが「その時のその人の状態に従って治療を施す」というやり方です。つまり「経過時間ではなく,『表寒』という状態になっていれば適応」という考え方です。こうすれば基本的に「ハズレ」はなくなるわけですので,時間表記は意味をなさないことになるわけです。

東洋医学や漢方治療が「個の医療」であると言われることがあります。その理由は上記のようなシステムを採用しているからです。しかし,このようなシステムを実行する場合には,あくまで全ての基準は「個の事情」にあるわけです。他者との比較は意味をなさないことになります。ここが東洋医学と西洋医学との根本的な相違点となります。集団の解析に根拠を求める西洋医学と,個の状態に根拠を求める東洋医学とは全く異質な医学なのです。

作成日2013年1月28日
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