肝機能検査 −肝実質細胞−



肝機能検査はなぜこんなに種類が多いのでしょうか?俗に「肝機能検査」と呼ばれている検査項目は多いのですが、本当に肝臓の「機能」を見ている検査は実は一部に過ぎません。日常よく使用される「肝機能検査」は、おおまかに下の4つのグループに分けて検査値を眺めると理解しやすいです。

 A.肝実質細胞の検査として

分類 検査項目
肝細胞の現在の障害・壊死をみるもの GOT/GPT、LDH
肝細胞の機能(肝予備能)をみるもの i.合成能の検査 PT、Alb、ChE、コレステロール
ii.解毒・排泄機能の検査 ICG試験、アンモニア
慢性の炎症をみるもの γグロブリン、ZTTなど。(肝に特異的な検査ではない)

B.胆道系の検査として

分類 検査項目
黄疸や胆道閉塞をみるもの ビリルビン、γGTP、ALP、LAP

肝臓の状態は、この4つを軸として複数の検査値のパターンで推定する必要があります。その結果、肝疾患では多項目の生化学検査が常用されることになります。なお、上記以外にも肝臓関連の特殊検査として、肝繊維化をみる項目などもありますが、評価は定まっていません。今回(=肝機能検査 −肝実質細胞−)はAを説明します。



分類 検査項目
肝細胞の現在の障害・壊死をみるもの GOT/GPT、LDH

肝細胞の障害・壊死の見方
□各組識の細胞が障害を受けて細胞膜の透過性が高まったり、細胞が死んで崩壊すると、細胞内の酵素が逸脱して血液中に出現します。これを逸脱酵素と呼び、組織障害のマーカーとして用います。肝疾患にはGOT/GTP、血液疾患(および組織障害一般)にはLDH、筋疾患にはCKが用いられます。
AST/ALTは肝機能検査の代名詞ともいえる逸脱酵素で、酵素の種類でいえばトランスアミナーゼです。国際的には
,

GOT=AST
GPTをALT

と呼ぶのが一般的です。AST/ALTは、肝疾患では、ほぼ平行して動き、健常者ではいずれも2、30以下です。
AST/ALTは現在の肝細胞の変性・壊死の検査であり、肝の機能とは直接関係ないのに注意しなければなりません。たとえば、ASTが200でアルブミンが4.0の慢性肝炎と、ASTが100でアルブミンが2.5の肝硬変とでは、肝硬変の方が肝機能は低下していると判断されます。



なぜAST/ALTはいつもペアで表示されるが、どのように解釈すればいいのか?
□AST/ALTを組み合わせて測ることにより、病態をさらに細かく判別することが可能になります。解釈のポイントは三つあります。

1.ALTは ASTより肝特異性が高い
2.ALTは ASTより肝細胞から漏れやすく血中にとどまりやすい
3.通常はALT>AST。AST>ALTならば、以下の4つを考える
   ・急性肝炎の初期
   ・慢性肝炎の患者なら、肝硬変への移行
   ・
アルコール性肝障害
   ・肝臓以外からの酵素の逸脱>>筋肉、赤血球

ALTは肝の細胞質内に存在しているので、軽度の肝障害で肝細胞膜の透過性が高まっただけでも血中に簡単に逸脱します。それに対し、ASTは主にミトコンドリア内に存在するので、より重い肝障害で逸脱する傾向があります。
ALTの方が血中での半減期が長い(AST:11〜13時間、ALT:31時間)です。
日常、よく見かける慢性肝炎や脂肪肝では、検査値は
ALT>ASTになるのが普通です。ASTが正常でALTのみ上昇していたら、まず肝疾患(脂肪肝か非活動期の慢性肝炎)と考えて間違いありません。
逆にAST>ALTになるのは、下記の場合です。

・急性肝炎の初期
肝細胞壊死が強い間は、細胞内の絶対量が多いASTが優位になります。しかし落ち着いてくると、半減期の長いALTが優位になってきます。

・肝硬変への移行
肝の荒廃が進むと肝細胞のALTが減少して相対的にASTが多くなります。
慢性肝疾患でAST>ALTなら肝硬変への移行の可能性を考えなければなりません。
・アルコール性肝障害
アルコールがミトコンドリアに対する毒素として作用するためか、ASTが上昇しやすい傾向があります。

ALTが正常でASTのみ上昇している場合は、肝硬変やアルコール性肝障害を除けば、肝臓以外からの酵素の逸脱、つまり筋肉や赤血球からの逸脱が考えられます。特に溶血(採血手技不良による溶血も含む)は必ず検討しなければなりません。


肝臓が悪くないのにAST/ALTが上昇する事例
□AST/ALTは肝に真に特異的なものではないため、程度の差こそあれ肝以外の障害でもAST/ALTは上昇します。
筋疾患(心筋梗塞も含む)・・・筋特異性の高いクレアチンキナーゼ(CK)が著しく上昇していることで鑑別できます。
溶血性疾患や採血手技の不良で赤血球が壊れてもAST/ALTが上昇しますが、赤血球中のASTやLDHが逸脱して高値となり、ALTはあまり上昇しません。
□胆石嵌頓・・・「たんせき かんとん」と読みます。胆石が胆嚢の出口につまった状態を言います。胆石による胆道閉塞に関連したAST/ALTの上昇は、しばしば肝炎と誤診されるそうです。
閉塞直後に測定するとGOT・GPTが1000を超えていることさえあり、急性肝炎と紛らわしいそうです。しかしこれは急激な胆道内圧上昇で肝細胞から一過性に逸脱したものに過ぎず、しばらく経過を見ると、GOT・GPTは急速に落ち着いていき胆道系酵素が優位になるそうです
□ショック、重症膵炎、進行癌、甲状腺機能低下症(粘液水腫)など、さまざまな病態でトランスアミナーゼが上昇します。


AST/ALTが正常なら肝臓は問題ないとみていいか?
□たいていの場合はそう思って問題ありません。しかし、肝硬変でも肝臓の炎症が比較的落ち着いていれば、AST/ALTが正常の場合もみられます。肝実質細胞が減ってしまっていると、肝細胞から逸脱してくる酵素の絶対量が減るので血中レベルもあまり上昇しないということです。肝臓が真に問題ないと判定するには、アルブミンなどの肝予備能検査・血小板数(肝のトロンボポエチン産生を反映)・肝のエコー像なども参考にしなければなりません。


LDHの解釈
GOT/GPTに次いで肝疾患でよく測定される逸脱酵素がLDH(乳酸脱水素酵素)です。LDHは肝特異性はなく、あらゆる組識に万遍なく含まれます。LDHは、AST/ALTの補助的な役目を担っており、単独での臨床的意味づけは薄く、AST/ALTの解釈を補足する情報を与えてくれます。
□ASTに比べてLDHの上昇が目立つ場合は、肝実質障害以外の原因で逸脱酵素の上昇が起きている可能性が高いです。
肝疾患でAST./ALTと共にLDHも著増しているときは肝細胞の壊死が強いと考えます。
□AST/ALTがあまり動いてないのにLDHとALPが著増していたら、肝に腫瘍が存在する可能性が高いです。
□肝臓以外では、LDHは
血液疾患や悪性腫瘍(特に白血病、リンパ腫など)のマーカーとして利用されます。




分類 検査項目
肝細胞の機能(肝予備能)をみるもの i.合成能の検査 PT、Alb、ChE、コレステロール
ii.解毒・排泄機能の検査 ICG試験、アンモニア

肝予備能を見る項目は?

 肝臓は人体に必要な物質の合成と有害物質の解毒の中心です。この機能は生存に欠かせないものなので
相当な余裕がとってあります(肝の三分の二を切除しても生存し、数カ月で再生します。)肝臓の物質代謝能力の余裕のことを肝予備能と呼びます。肝硬変の人の生命予後は肝予備能との相関が高いです。
A.合成能の検査
プロトロンビン時間(PT)
□血液凝固に関与する蛋白は、もっぱら肝で合成され、半減期が数時間から2、3日と短いので、現在の肝機能の評価に最適です。特に劇症肝炎のモニターには欠かせありません。急性肝炎でPT50%以下は要注意であり、40%以下は劇症化を考えなければなりません。
□肝臓は重要度の高い凝固因子(PT)をAlb、ChEよりも優先して保とうとします。その結果、
  ・急性肝不全ではAlb、ChEはPTに先行して下がる
  ・劇症肝炎から回復するとき、まずPTが上昇し、遅れてAlb、ChEが上がる
  ・初期肝硬変ではPTよりもAlb、ChEのほうがよい指標となる

あまり本にも載っていない知識ですが、扁平上皮癌(カルテにSCC;Squamous Cell Carcinomaと書かれる)の患者でアルブミンが低下している例が多いです。低栄養状態だけでは説明できないような気がします。何が言いたいのかというと、低アルブミン血症の患者では検査値として表示されるCa値を補正式で補正しないと、過小評価する恐れがあるということです。それから、高Ca血症に禁忌とされる薬剤にIVH基本液や、アシドーシス予防に併用される総合ビタミン剤(V.Dを含む)、意外なところではSM散などがあることに注意してください。以上、頭のどこかに入れておいてください。詳しくは高Ca血症の治療について取り上げたときに説明します。


アルブミン
□100%肝で合成される蛋白ですが、肝機能低下以外に、炎症による合成抑制、栄養不良、腎や消化管からの漏出(ネフローゼ、蛋白漏出性胃腸症)など、さまざまな原因で低下します。
アルブミンは著しい肝機能低下ではじめて低下し、また、半減期が長い2〜3週間)ので肝機能の変化の反映も遅いです。
□しかし、アルブミンは血漿の膠質浸透圧維持の主役であり、アルブミンの低下は肝硬変での浮腫や腹水の出現に直結し肝硬変の重症度判定に有用であり、肝予備能評価の基本的項目として用いられます。 4.0g/dLを切ってくると肝硬変を疑い、3.0g/dLを切ってくると浮腫や腹水がでてきます。


コリンエステラーゼ(ChE)
□アルブミンと動きはよく似ています。なお、アルブミンの上昇が臨床的に問題になることはありませんが、ChEの場合は肥満による脂肪肝やネフローゼで上昇するのが特徴です。

コレステロール
□肝はコレステロール合成の主役です。コレステロールが基準範囲を大きく下回る場合は、かなり重症の肝予備能低下があると考えます。なお、胆道閉塞があるとコレステロールが胆汁中に排泄されず蓄積するので上昇してきます。すなわち
コレステロールは胆道閉塞のマーカーでもあることに注意する必要があります。

B.解毒・排泄能の検査
ICG負荷試験
□緑色の色素、インドシアニングリーン(ICG)を静注すると急速に肝細胞に取り込まれ胆汁中へと排泄されます。血中ICG濃度の減少速度から肝機能を推測することができます。(静注後に経時的に採血する方法と指先に光源とセンサーを装着して血中濃度を測定する方法があるようです。)
□肝癌切除術前の肝予備能検査として使われます。
肝予備能評価法として高く評価されているが、黄疸(T.Bil 3.0mg/dL以上)の人ではビリルビンと排泄が競合するため、正しく評価できません。

アンモニア
□肝はアンモニアを尿素に変えて解毒できる唯一の臓器です。肝不全では主にアンモニアの蓄積により、振戦・昏迷などの中枢神経症状(肝性脳症)があらわれてきます。
アンモニアの血中濃度は、肝機能以外に、食事からの蛋白の摂取量やその質、腸管内の細菌の繁殖状態にも大きく左右されます(逆にいえば治療の余地がある)。したがって、肝予備能の検査というよりは、肝性脳症の治療のマーカーとして用いる
のが通常です。



分類 検査項目
慢性の炎症をみるもの γグロブリン、ZTTなど。(肝に特異的な検査ではない)

慢性炎症マーカーとは?
□AST/ALTは現時点の肝細胞の障害をあらわしているのに過ぎず、それがどのくらい続いているのか、炎症性のものなのか、炎症の程度はどうか、といったことはわかりません。
□そこで、慢性炎症のマーカーが肝機能検査の中に取り入れられているわけです。
慢性肝炎の炎症の程度は、基本的にγグロブリンが多いかどうかを目安にします(CRPは肝炎の評価には使えない!)
□具体的には、蛋白分画検査でγグロブリンが増加してないか、または、A/G比が低下してないかをチェックすればよいのです。他にγグロブリンの変化を間接的に見る検査としてZTT(クンケル)、TTT(チモール)などの膠質反応がありますが、これらは生化学検査が未発達の時代の遺物で、使用されなくなる傾向にあります



慢性炎症マーカーはどんなときに役に立つのか?
慢性肝炎の炎症の程度の評価
□慢性肝炎の炎症が強いほど、また長期に持続しているほど、γグロブリンの上昇が著しいです。
□肝硬変の多くは慢性肝炎の終末像と考えてよく、慢性肝疾患では、γグロブリンが上昇しているほど肝硬変への移行(現在および将来)の確率が大とみなすことができます。

脂肪肝と慢性肝炎の鑑別の補助
脂肪肝はAST/ALTの軽度の上昇もよく伴うので慢性肝炎と紛らわしいです。しかし、過栄養性の脂肪肝のみでは慢性炎症マーカーが上昇することはありません。
□非活動性の慢性肝炎ではγグロブリンが基準範囲のことも多いので、慢性炎症マーカーが陰性だから慢性肝炎ではないとはいえません。

□なお、慢性炎症マーカーが異常だからといって、肝疾患と短絡してはなりません。ガンマグロブリンは、高齢者では高めであり、慢性炎症(特に慢性関節リウマチなどの膠原病)や多発性骨髄腫においても著増します。


作成日 2009年9月12日
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臨床検査値の解釈 その4

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