インスリンの相対的適応」(著明な高血糖)は、(1)空腹時血糖値250mg/dL以上、(2)随時血糖値350mg/dL以上、(3)尿ケトン体陽性(+)以上―のいずれかを満たし、かつ1〜2kg/月以上の体重減少がある場合である。

 このほか、経口血糖降下薬では良好な血糖コントロールが得られない場合、ステロイド使用中の高血糖、やせ型で栄養状態が低下している場合も相対的な適応である。

 このような相対的適応におけるインスリン導入で押さえておくべきポイントは、「インスリンを早期に導入し、ブドウ糖毒性を早期に解除すれば、インスリンからの離脱が可能な場合が多い」こと。つまり、早期導入の重要性である。

 今回から数回にわたり、糖尿病を専門とされない医師を想定し、外来でインスリン療法を導入する際のポイントについて解説する。

よくある誤解さえ解ければ、導入はぐっとスムーズに
 早期導入の障壁となるのは、ほとんどの患者さんが持っているインスリンに対する誤解である。私はこれを「4つの誤解」(下記参照)と呼び、いつも研修医や看護師に説明している。これらの誤解を解くことさえできれば、インスリン導入に成功したも同然と言える。


インスリン療法に対して患者が抱く4つの誤解

1.インスリンは注射だから痛いので、イヤだ

2.インスリンは低血糖が怖いから、イヤだ

.一度インスリンを打つと自分の膵臓が怠けてしまい(または癖になってしまい)、インスリンを止められなくなってしまうから、イヤだ

4.インスリンを打つようになったら、もう先が短いから、イヤだ

 これら4つはすべてが誤解、または過去の話である。以下、こういった誤解を抱く患者さんへの説明のポイントを順に解説しよう。

1.「インスリンは注射だから痛い」に対する説明
 まずは患者さんに、現在のペン型注射器と、とても細い針を実際にお見せする。患者さんはインフルエンザの予防接種や採血で行うような注射を毎日するものだと想像している。とても簡単で、痛みがほとんどなくなった現在のインスリン注射について、実物をお見せして説明すれば誤解はすぐに解ける。

2.「インスリンは低血糖が怖い」に対する説明
 これは過去の速効型や中間型インスリン製剤で低血糖が多かったことからの誤解である。現在の持効型インスリン製剤(デテミル、グラルギン)では、特に危険な夜間の低血糖頻度が大きく減少し、外来でも安全に導入できる。

 また、超速効型インスリン製剤(アスパルト、リスプロ、グルリジン)は食直後の注射でも効果が期待でき、食前にインスリンを打ったが食事ができなくて低血糖に陥るという事態を避けられるようになった。作用時間も約3〜4時間と短くなったため、速効型に比べて低血糖の頻度は減っている。

 遷延性の重篤な低血糖昏睡は、SU薬によるものがほとんどになっていることを分かりやすく説明することが重要である。

3.「一度インスリンを打つと、インスリンを止められなくなってしまう」に対する説明
 ステロイド療法による副腎機能低下などと同様だと思ってしまうことによる誤解である。これに対しては、体の外からインスリンを補い、自分の膵臓を一時的に休ませてあげることで、インスリン分泌能はかえって回復してくることを、相手の理解力に応じて分かりやすく説明することが重要である。

 筆者の場合、高齢者の患者さんにはよく、膵臓のインスリン分泌能を「井戸水」、インスリン療法を「もらい水」にたとえている。「薬をこれ以上増やしても、いずれあなたの『井戸水』は枯れてしまい、一生インスリンが必要になってしまいます。外からしばらく『もらい水』をして、インスリンを作る細胞を休ませてあげましょう。そうすれば、井戸水は再び水位を増して、インスリンがいらなくなる場合が多いのです」といった説明をしている 。

 なお、ごく一部なのであろうが、「インスリンを打つとインスリン分泌能が低下する」という誤った説明を行う医師もいまだにいるようだ。以前にかかった医師からそのような説明を受け、インスリンを強く忌避している患者さんに出会った経験が何回かある。このような患者さんではインスリンの導入に非常に苦労したし、残念ながら拒否の姿勢をずっと崩さなかった方もおられた。

4.「インスリンを打つようになったら、もう先が短い」に対する説明
 確かにかつてのインスリン療法は、経口薬ではコントロールできない場合の「最後の手段」ではあった。インスリンを打つようになった時点で合併症も出現・進行していて、打ち始めて数年後には失明や透析導入となってしまった患者さんも少なからずいたが、こういった例がデフォルメされて、今に“伝承”されている誤解といえる。

 この誤解に対しては、前述のように、現在は、合併症が出現または進行しないうちにインスリンを導入することでその後の合併症を予防できるし、インスリンから再び経口薬に戻すこともできるという時代になったことを説明する。実際に筆者の経験および他の医師からの報告でも、早期にインスリンを導入すれば約50%の患者さんがインスリンから離脱できる。

 以上のように「4つの誤解」を解くことで、インスリン導入がスムーズにできるようになる。

BOT(Basal supported Oral Therapy)によるインスリン導入
 インスリンに抵抗感が強い患者さんや高齢者にも受け入れが比較的容易であるのが、近年増えているBOTBasal supported Oral Therapy)と呼ばれる方法である。これは、1日1回の持効型インスリン製剤(グラルギン、デテミル)と経口薬の併用療法のことで、外来でのインスリン導入にもよく用いられている。

 持効型インスリンは、就寝前(朝食前でも可)に0.1〜0.2単位/kg(または6単位ぐらい)から開始して、血糖自己測定(SMBG)の値 and/or 受診時の空腹時血糖値を見ながら、受診ごとに(最初は1週間後、その後は1〜2週間後)、2〜4単位ずつ増量していく。早朝空腹時血糖で130mg/dL以下を目標に増量していく。

 経口薬のメトホルミンやピオグリタゾンはそのまま継続するが、SU薬は低血糖の危険があるため、最少量に減量する 。

 インスリンの注射方法には、この他にも超速効型インスリン各食直前3回と眠前の持効型インスリンの4回注射法(Basal Bolus Therapy)、混合型インスリン製剤の2回注射法など、さまざまな方法がある。その実際や使い分けについては、次回解説したい。

日経メディカルオンライン 2011.9.30より引用(一部改変)
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/series/iwaoka2/201109/521753_2.html

作成日 2011年10月2日




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インスリン導入を阻む4つの誤解

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