処方監査に必要な知識を中心にまとめましたが、以下のHPも閲覧することを強くオススメしておきます。本も出ています。http://www.jsgo.gr.jp/09_guideline/guideline/ransou2007-02.pdf

ポイント1 
腫瘍の解剖学的進展度を確認し(=staging)、
手術、薬物療法、放射線治療の中からエビデンスのある治療方法を選択する。

卵巣がんのStaging
TMN分類(←各がん種で規定されている)
FIGO分類(←卵巣がん)
※FIGOは,国際産科婦人科連合(International Federation of Gynecology and Obstetrics)のことであり,この組織によって分類されたものがFIGO分類です。



卵巣がんのStageは、W期で腹腔外に病変があり組織診断がつけられる場合を除いて、通常は開腹所見によって決定されます。








Gradeとは、「組織学的分化度」を表します。あまり聞きなれない言葉かもしれません。ドクターが「がんの顔つきがいい」とか「性質がおとなしい」とか「たちがいい」とか言うことがありますが、そのことです。
卵巣がんの組織分化度はGrade1-33つに分けられています。




卵巣がんの初回化学療法のファーストラインはTC療法です。数年前まではTJ療法と言われていました。「J」はパラプラチン(成分名:カルボプラチン CBDCAの開発コード『JM-8』から来ている思われます。当院オーダリングシステム上では施行回数(=サイクル数)のチェックはできませんので、薬剤部で患者ごとに治療歴を管理し、チェックする必要があります。

【TC療法】 
q3w 3〜6コース
パクリタキセル 180mg/m2         DAY1
パラプラチン (GFR25)xTarget  AUC  DAY1

     AUC=5-6
   
  GFRはCcrで代用する

パラプラチン
パラプラチン(成分名:カルボプラチン CBDCA)は第二世代のプラチナ系抗がん剤であり、シスプラチンと比べると悪心・嘔吐や腎障害は軽くなったものの、血液毒性、特に血小板減少が強くなっています。一方、抗腫瘍活性はシスプラチンとほぼ同じとされています。


臨床試験で有用性が確認されていないかぎり、シスプラチンをカルボプラチンに安易に置き換えることはできません。

■TC(タキソール+パラプラチン)ver TP(タキソール+シスプラチン)の比較試験


エンドポイント(OS、PFS)の解釈 →「ワンポイント15」を参照 


ポイント2 
抗がん剤の投与量の決め方について理解する。
※体表面積とクレアチニンクリアランスの求め方 →「ワンポイント13」参照
 算出方法  薬剤例
/m2  ほとんどの抗がん剤 (*1)
GFR カルボプラチンだけ
 /kg  ハーセプチンだけ(?)
 /body 精巣腫瘍に対するBEP療法のブレオマイシン

ステロイド
(1)NHLに対する(R-)CHOP療法のプレドニン錠(*2)
(2)NHLに対するESHAP療法のソルメルコート注(メチルプレドニゾロン)

悪性黒色腫に対するDAV-Feron療法のフェロン注(IFN-β)

各種ホルモン剤
アリミデックス錠、カソデックス錠

分子標的薬
グリベック錠、イレッサ錠、タルセバ錠

経口抗がん剤
ユーエフティーカプセル、フルツロン

*1 非ホジキンリンパ腫に対するCHOP療法におけるオンコビン(成分名:ビンクリスチン VCR)の投与量は1.4mgm2だが、上限が2mgdayと決められています。つまり、少し体の大きい人だと簡単に上限を超えてしまうということになります。当院では2mgを超える処方が入力されるとシステム的にロックがかかります。
*2
 よくプレドニン5mg 20錠/日の処方が出ますが、(R-)CHOP療法の処方です。細胞をアポトーシスに導き、自滅させる作用があります。
Rp) プレソニン(5mg) 
20錠


■カルボプラチンの投与量算出式 :カルバートの式
大学で習う ”投与量(i.v.)=全身クリアランス x AUC”という有名な式があります。臨床ではカルボプラチンの投与量を決めるのに生かされています。PK/PDの理論が臨床応用されている数少ない事例です。
      
Calvertの式〕
      CBDCAの投与量=(GFR25)x Target  AUC
【GFR】
GFRを求める際、検査がより簡便なCcrで代用します。
Ccrの計算方法は色々ありますが、当院婦人科のTC療法ではJelliffeの計算式が使われています。
Target  AUC
カルボプラチンのDLTは血小板減少症であり,AUCが増加するにつれて血小板数が低下することが知られています。卵巣がんに対するパラプラチンのTarget AUCは5〜6であり,7を超えても効果は頭打ちとなり、血液毒性のみが増強します。患者の状態が悪い場合はAUCを1下げることもあります。

【参考】
AUCは癌種や併用する抗がん剤によって異なります。

 がん種  レジメン  投与量  投与スケジュール
小細胞肺癌
ED症例
CE療法
CBDCA
VP-16

AUC=5
80mg/m2
21〜28日ごと 4コース
DAY1
DAY1〜3 
非小細胞肺癌 TC療法
CBDCA
PTX 
 
AUC=6
200mg/m2
 21日ごと
DAY1
DAY1


ポイント3 
がん化学療法を施行する前には、患者の全身状態をチェックし、必要に応じて減量・投与延期・投与中止をする。

がん化学療法を施行する前には、患者が予定されている治療に耐えることができるか否かを判断するために、医師は患者の全身状態を必ずチェックします。
卵巣がんに対するTC療法の場合血液障害肝障害、末梢神経障害の程度により必要に応じ投与量を減量したり、投与を延期or中止します。なお、悪心・嘔吐、下痢に対しては随時、対症療法を行い、通常減量は行ないません。細かい基準については説明を省略しますが、当院で使われている用量レベル表をお示しします。

【当院の用量レベル表】 卵巣がん TC療法
   CBDCA  PTX
 Level 0  AUC 6  180mg/m2
 Level 1   AUC 5  135mg/m2
 Level 2    AUC 4  110mg/m2
 Level 3   投与中止  投与中止

(参考)投与”当日”の臨床検査値を確認しなければならな抗がん剤(添付文書より)

 イリノテカン
(商品名トポテシン CPT-11)
 投与予定日の白血球数が3000/mm3以上、血小板数が10万/mm3以上
 ゲムシタビン
(商品名ジェムザール GEM)
投与当日の白血球数が2000/μL以上、血小板数が7万/mm3以上
 ドセタキセル
(商品名タキソテール TXT)
投与当日の好中球数が2000/mm3以上、血小板数が10万/mm3以上


パクリタキセル
なぜかドセタキセルとの交差耐性がないです。
臨床的にどのような事を言っているのかというと、
例えば肺癌(非小細胞肺癌)では1stでプラチナを含むレジメンが第一選択で,第二選択はドセタキセルです。そしてドセタキセルが無効の患者にパクリタキセルを投与することがあることを知っておきましょう。


■TC療法とDJ療法(ドセタキセル+カルボプラチン)とを比較するSCOTROC trial (Scottish Randamized trial in Ovarian Cancer2001年)で、奏功率、progression free survivalで両者に差を認めませんでした。長期予後に関する結論がまだ出ていないので、DJ療法を卵巣癌の標準初期治療とするには時期早尚です。TC療法とDC療法では副作用プロファイルが異なり、末梢神経障害を避けるためにDC療法を選択することがあります。

ポイント4
副作用予防のための薬剤が処方されているか確認する。


米国のPhaseT試験で重篤な過敏症が20-30%に見られています。過敏症対策が必須です。投与開始から5分間はベッドサイドでの観察を行うことも必要です。前投薬を行っても過敏反応が1-3%の頻度で生じるとされており,注意が必要です。full premedicationを行ったにも関わらずgrade 3(※)の過敏反応が生じた場合は中止となります。

(※)
アレルギー反応/過敏症(薬剤熱を含む)のGrading ・・・CTCAE v3.0より

 Grade 1  一過性の潮紅あるいは皮疹;<38℃の薬剤熱
 Grade 2  皮疹; 潮紅; 蕁麻疹; 呼吸困難;≧38℃(≧100.4°F)の薬剤熱
 Grade 3  蕁麻疹の有無によらず症状のある気管支痙攣;非経口的治療を要する;アレルギーによる浮腫/血管性浮腫;血圧低下
 Grade 4  アナフィラキシ−
 Grade 5  死亡

Full-Premedication
投与12-14時間前(前日)デカドロン注20mg
投与6-7時間前(前日)デカドロン注20mg
投与30分前:クロール・トリメトン注10mg,ザンタック注50mg
Short--Premedication
投与30分前 デカドロン注20mg、クロール・トリメトン注10mg、ザンタック注50mg

なぜザンタックが使用されるのか,ピンとこないかもしれませんね。アレルギーに対し強力な抗ヒスタミン作用を狙う場合はH1受容体拮抗薬だけではなく、H2受容体拮抗薬の併用が行われます。

(抗癌剤と副作用予防のために投与される薬剤の組み合わせ)

 抗がん剤  予想される副作用  副作用予防のために使用される薬剤
 シスプラチン  腎障害  pre-hydration ,post-hydrationwith Harn order check
 MTX  腎障害  ロイコボリン、メイロン、ダイアモックス、ハイドレーション
イホマイド
エンドキサン
 出血性膀胱炎  ウロミテキサン
 イリノテカン  下痢 (処方されない場合もある)
炭酸水素ナトリウム(腸管内のアルカリ化)
ウルソ錠     (胆汁のアルカリ化)
酸化マグネシウム (下剤→SN-38を含んだ便の排泄促進)
    
イリノテカン投与日から4日間服用 
この間はラックBやビオフェルミンなどの腸内細菌製剤の投与はしないほうがいいとも言われる。(腸内が酸性化するため)


ツムラ14 半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)
    イリノテカン投与3日前から服用

 リツキサン  infusion reaction アセトアミノフェン、レスタミン錠
 イダマイシン 結膜炎予防 フルメトロン点眼液を6時間毎に点眼


ポイント5 
抗がん剤の催吐作用の強さと、その強さに応じた制吐剤の使い方について理解する。

■ASCO制吐療法ガイドライン2006改訂版
ASCO2004年に開催されたMASCC主催のコンセンサス会議で設定された4つの嘔吐リスク分類を採用しました。嘔吐は急性嘔吐と遅発性嘔吐に分け、適切な制吐剤の選択を示しています。
 催吐分類  抗がん剤  制吐剤
 高度
(>90%)
シスプラチン(≧50mg/m2)
エンドキサン(>1500mg/m2) 
5HT3受容体拮抗薬、デカドロン、aprepitant
 中等度
(30-90%)
 シスプラチン(<50mg/m2)
パラプラチン
エルプラット
エンドキサン(≦1500mg/m2)
キロサイド(>1g/m2)
アドリアシン
イホマイド
トポテシン
AC(アドリアシン+エンドキサン)療法 
5HT3
受容体拮抗薬、デカドロン、aprepitantNK1受容体拮抗薬、国内未承認)

AC療法以外 
5HT3
受容体拮抗薬、デカドロン

 低度
(10-30%)
ドセタキセル
パクリタキセル
ジェムザール
5FU
 デカドロン8mg
 最小
(<10%)
ブレオ
オンコビン
 制吐剤をルーチンで予防投与するべきではない

(補足)
治療効果が低い薬剤としてプリンペランが挙げられています。高度嘔吐リスクの抗がん剤を使用する場合、プリンペランを第一選択とするのは適切ではないと書かれており、あくまでプリンペランはセカンドラインで頓用するという位置づけの薬剤です。

デカドロンの、化学療法の制吐剤としての効果は、RCT(ランダム化比較試験)で証明されているので世界の標準治療です。海外の各種ガイドライン(ASCONCCN)でも引用されているのに、日本にはガイドラインがなく、実はやっと2005年に保険適応になりました。ASCOガイドラインが最初に出たのが、1999年ですから、6年遅れたことになります。例によって、『日本で治験がされていない』からということで保険適応にならなかったのです。日本だと保険適応でなく処方できない、エビデンスがないと勘違いしている医者もたくさんいたりして、非常に困った状況にあります。デカドロンという薬はあまりに安い薬で、ジェネリックも出ている状況で、企業もいまさら治験をやろうなどとは誰も思いもしませんでした。デキサメタゾンの化学療法の制吐剤としての使用に関する効能追加は、 2004年に開催された「抗がん剤併用療法検討会」で認められました。この検討会は、『日本での治験の結果はないが、海外でのエビデンスを適応して、保険適応に認めることにしよう』との趣旨で、厚生労働省主導で設けられました。この検討会で多くの抗がん剤(乳癌のC60/600FEC子宮体癌のAPなど)が保険適応になり、デキサメタゾンも承認してもらったという経緯があります。



当院の注射処方せんは1日毎に出力され、
抗がん剤処方の1日の区切りは午前10時から翌日午前10時となっています。実は前日に以下のような処方(=short premedication)が入力されています。処方せん上の日付は前日ですが、実際の投与日は提示した実例処方の出力日なので、スタッフが混乱しないように最後のコメントに「翌日9:00」と書かれています。
処方監査の際には画面上で前日の処方を見て、ポイント4で説明したプレメディ、ポイント5で説明した制吐剤が処方されていることを確認してください!!
Rp)←short premedication
グラニセトロンバック点滴注 3MG/100ML/袋    1袋
デカドロン注 8MG/2ML/V             20MG   
ザンタック 100MG/4ML/A            50MG
クロールトリメトン注 10MG/1ML/A        1A
側管点滴(DIV):
30分かけて
翌日9:00投与

なお、
ライン確保の目的で午前9時から以下の処方が出ています。
Rp)
5%ブドウ糖注 250ML/本    1本
点滴静注(DIV):50ML/HR
翌日9:00投与
ライン確保
 

ポイント6
投与順序に気をつけなければならない抗がん剤の組み合わせがある。

処方せんでは、パクリタキセルが10時から3時間かけて投与され、その後パラプラチンが13時から1時間で投与する指示になっています。

パラプラチンを先行投与した場合,パクリタキセルを先行投与する場合よりもパクリタキセルのクリアランスが25%低下し,好中球減少(neutropenia)が増加します。さらに,in vitroの結果ではあるが,パクリ→CDDPの方が殺細胞効果が高いことが知られています。当院のがん化学療法の処方はレジメン入力されるため、順序が前後することはありませんが、投与順序が効果・安全性に影響する抗がん剤の組み合わせがあることを意識してください。

<投与順序に注意する抗がん剤の組み合わせ例>
アイソボリン→5FU
作用機序を考えれば明らかですが、この投与順序で5FUの抗腫瘍活性が増強します。この2剤を使うレジメンは、大腸がんに対するレジメンが超有名です。
(例)FOLFOX療法、FOLFIRI療法

アドリアシン→パクリタキセル
パクリタキセルをアドリアシンの前に投与した場合,アドリアシンのクリアランスが低下し血中濃度が上昇し、骨髄抑制が増強するおそれがあります。併用療法を行う場合には,アドリアシンをパクリタキセルの前に投与します。しかし、ファーストラインで使用するレジメンで、この2剤を含むレジメンは”ない”と思います。敢えて挙げるとすれば子宮内膜がんに対するTAP療法です。


ポイント7
癌治療について学習を進めていくためには、臨床試験の結果を読み解く力が必要である。

卵巣がんに関するTOPICSを2つ紹介します。それぞれのデータの読み解き方は「臨床試験」で説明していきます。
■TOPICS 1
ASCO2008
 JGOG3016試験
卵巣がんにはパクリタキセルの少量・多数回投与が有効






■TOPICS 2
NCI clinical announcement
CDDPを用いた腹腔内化学療法を推奨

作成日2009年4月25日

実例処方11の解説

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